【3.11東日本大震災】あれから10年経ちました。その時を状況を振り返り今後に活かすには。

コミュニケーション

こんにちは ヒデキ です。
今日で東日本大震災から10年がたとうとしています。
10年たったいまでも苦しんでいる人は多くいます。
10年前の今日、どんな状況だったか振り返ってみました。

3.11東日本大震災直後は何をしていましたか?

2011年3月11日14時46分頃に 三陸沖の宮城県牡鹿半島の東南東130km付近で、深さ約24kmを震源とする地震が発生しました。
お昼すぎでしたが私は同僚と食事をしていました。今までに感じた事のない揺れで、店内にいたお客さんとスタッフは急いで外に出たのを覚えています。
地盤があまりよくない場所だったらしく、揺れは続き道路沿いの信号や街灯が激しく揺れていました。
揺れが落ち着いてから車で移動をはじめましたが、大きな余震が何回か続き帰るのも一苦労でした。
地震直後は周辺の建物が倒壊したり、地割れがあったり等はなかったので「大きな地震だったな」位の気持ちでした。
まさか、そのあとに被害が甚大だど知るまでは・・・

家族や友達はどうでしたか?


地震のあとに大変だった事は色々ありましたが「携帯電話が使えなかった」のはかなり不便を感じました。
私は財布はなくても、携帯があればいいと思う方なので本当に不便でした。
仕事中だったため、家族や友人にLINE等をしても連絡が取れず、どんな状況になっているのかも分からなかったため不安な事が頭をよぎりました。
特に震源地の近くの友人や、都内に働きに行っている仲間がどうなっているのか・・・
テレビの情報を見れば見るほど不安な気持ちが先にきてしまったことを覚えています。

身近な施設や光景はどうなりましたか?

ありがたいことに、自宅や周辺施設で甚大な被害が出ているところはありませんでした。
しかし、仕事でお付き合いしていたコンビナートの会社で爆発事故が起き、納品予定だった商品が納品出来なかった時は流石に「やばい」と思いましたね。
大きな受注だったため納品出来ずお金がもらえなかったらかなりやばい状況でした。
結果的には震災の影響で納品予定の商品が必要になり、すぐに納品させてもらうことが出来たのでなんとか持ち堪えることが出来ました。
数ヶ月後にはなりますが、幕張の方で打ち合わせのため訪れた時の衝撃は忘れません。
地盤沈下や液状化現象で道路がうねっていて、綺麗な街並みが変わっていました。

急に起こりうる大地震の対応が必要ですね。

震災、自然災害は急に訪れます。台風被害は天気予報が進化していますので事前にある程度の対応ができますが、地震に関してはまだまだ未知の世界です。
緊急地震速報で通知が来る時もありますが、通知が来た数十秒後に地震がきた場合は対応が十分に出来ないでしょう。
地震に関しては事前の準備が大事なのだと実感しています。
防災グッズや非常食はある程度の備蓄が必要なのかもしれません。
内閣府で「生死を分けるタイムリミットは72時間」と言われています。3日間を過ぎると救出出来る可能性がかなり低くなってくるそうです。
色々な理由が言われていますが、大きな要因はすぐに救助出来ない場所にいる事が大きな要因のようです。
瓦礫の下等人力で対応できない場所にいるときは、発見も遅れ瓦礫の除去にも時間がかかるからでしょう。
発見に時間がかかる場所でも防災グッズや非常食があれば生存確率は大幅に上がるかもしれませんのでいざと言うときのためにも「防災グッズと非常食」の準備が必要かもしれません。

家族や友達の連絡手段は何がいいのか


家族や友人との連絡方法も確認が必要です。
NTTが提供している「災害用伝言板(web171)」の利用や、各携帯電話会社も災害時には災害用伝言板を開設してくれます。

・NTT災害掲示板
・ドコモ災害伝言板
・ソフトバンク災害用伝言板
・au災害用伝言板

急な利用は戸惑うと思いますので事前の確認が必要ですね。

その他、東日本大震災の時に脚光を浴びたのが「ツイッター」でしたね。
非常時の情報収集に優れていると言われていましたね。
知らない人も多いかもしれませんがGoogleが提供している「パーソンファインダー」も大きな成果をあげていました。
このシステムはGoogleが震災後に即日で立ち上げた消息確認システムだったんです。

避難場所や危険の可能性のある場所の確認。


各地で防災マップや避難場所の分かる資料があります。
以前からありましたが、東日本大震災後に色々見直されより細かく分かりやすい資料になっているものが多いです。
まずは、自宅近辺、会社周辺の避難場所の確認をしておくことが重要です。
地域によっては公共施設の他にもホテル等で災害時に対応してくれるところが多くなってきています。常に非常食や毛布等の備蓄をしてくれている施設もあります。
周辺の避難施設を確認して事前に集合場所の確認をしておきましょう

「3.11東日本大震災」で変わった事。

3.11東日本大震災で大きく変わった事は色々あります。
震源地の近くで津波の影響を受けた方は、住み馴れた町がなくなり、家族や友人を亡くしてしまった方も多くいます。
原発の近くではいまだに放射線や風評被害により苦しんでいる方も大勢います。
10年経った今でも苦しんでいる方が多くいる、と言うことを忘れてはいけないのではないでしょうか。

まとめ

10年の節目と言う事もあり色々な事を思い返してみました。
当時を思いだすと色々な事がありましたが、一番嫌な時間は「車の給油」の時でした。
どこのガソリンスタンドに行っても売り切れ状態が続き、やっと給油できる場所を見つけたら大渋滞でした。
その待っている時間が長いので色々な事を考えてしまい何回も「もうだめかもしれない」と考えてしまいました。
ダメかもと思った内容は主に仕事でした。状況が状況だったのでさすがに倒産してしまうんじゃないかと毎日が不安だった事を思い出します。

震災から2ケ月後位に当時所属していた団体で福島と銚子にボランティアの募集があったので参加する事ができました。
私が想像していたよりもはるかに深刻な現実に直面しました。
家族、住居を失い避難施設に居住する方々は皆さん前向きに頑張っていましたが、明らかに疲弊していました。
自分が逆の立場だったらと思うと胸が苦しくなりました。

自然災害は今後も訪れるでしょう。しかし、その時に何が出来るのか、何をしなければならないのかを平時に考えておく事が大事ではないでしょうか。
まだ多くの方が避難所生活をしています。1日も早く通常の生活に戻れることを切に願います。

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